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イタリアテリトーリオ調査を実施(2025年4月30日~5月11日)

岩手大学澤井PL、法政大学木村副PL、杉田准教授(研究開発課題リーダー)によるテリトーリオ実地調査を実施しました。

イタリア調査の1日目の訪問先は、国内有数の栗の産地ムジェッロ村。フィレンツェ大学のマレスコティッ先生とトスカーナ州のクレツェンツィ博士のご協力により、現地生産者スベン・ロー氏を訪ねました。非農家出身ながら栗の栽培から加工・販売、さらには出版まで手がけ、地域と消費者を結ぶ栗づくりに情熱を注いでいます。圃場では栽培品種・マローネと野生栗の関係や接木の技術を学び、約300年前の先人が接木したマローネの巨木も見学。養蜂にも取り組む彼の栗シロップや蜂蜜を味わいながら、テリトーリオの本質に触れる貴重な機会となりました。

イタリア調査2日目は、イタリアの至宝・キアニーナ牛を生産するMarlena農場(フィレンツェから車で1時間半のBibbieraにある)を訪問。代々この地で牛を飼育する名家で、30頭の繁殖雌牛と自家生産の粗飼料による小規模経営をしながら、アグリツーリズモも展開。息子さんが後継予定で、地域や家業への誇りが強く感じられました。地元の若手議員とも林業を含む地域維持の課題を共有し、林業も盛んな岩手で目指すいわてテリトーリオ構築の大きなヒントを得ました。

イタリア調査3日目は、宿泊先から車で約30分のラッジョーロ村の訪問からスタート。この村は栗(カスターニャ)と羊の垂直移牧(トランスマンツァ)で知られています。村に向かう車中、マレスコティ先生より、都市への人口流出により村のコミュニティ維持が難しくなっている現状と、その解決に向けた取り組みについて伺いました。特に問題となっているのは、夏期のみ滞在する“季節住民”との関係性。村の出身者やその子孫がサマーハウスを所有し、夏は人口が増える一方、恒常的な住民との間にバランスの問題が生じています。その課題にどう向き合っているのか、エコミュージアムの会長フランコさん(村出身の元外科医)に案内されながらお話を伺いました。午後はカルゼンチーノでフェルミエ(自家生産者)としてチーズを製造・販売するシモーネ夫妻を訪問。小さな農家がチーズ工房を立ち上げるプロセスに多くのヒントを得ました。「息子さんに継いでほしいですか?」との質問に、「もちろん!すでに作り始めて友達に配っているんだ!」と笑顔で語る姿に感動を覚えました。

調査4日目は、トスカーナ州とエミリア・ロマーニャ州の境にある国立公園内のMoggiona村を訪問。豊かな森林資源を活かし、人口減少に直面しながらも持続可能な村づくりを行っている地域です。村の活性化を支えるのが「ポロローコ」と呼ばれる地域の世話役で、今回インタビューしたアルベルティさんは40年近くその役割を担っています。Moggiona村はかつて製樽業で栄えましたが、プラスチック容器の普及により衰退。1990年代以降は、都市部出身の夏期住民との新たな関係性を築き、エコ教育や観光資源を軸に再生を図っています。中でも、ポルチーニ茸とオオカミの保護をテーマにしたエコ教育やイベントが注目され、毎年8月のポルチーニ祭には6千人が訪れ、200人以上のボランティアが運営に関わります。また、製樽・戦争記念・オオカミ保護の3つの小規模博物館があり、住民の思い出や技術が息づいていました。話し合いにより祭の時期や内容を柔軟に変える姿勢にも、ポロローコの役割が大きく関わっています。地域を“自分ごと”として捉える仕組みと、収益型の公共活動の重要性を学ぶ貴重な機会となりました。

調査5日目は、フィレンツェ大学を訪問。マレスコティッ先生をはじめ、学部長や事務局の方々に温かく迎えていただきました。大学は複数のキャンパスに分かれており、訪問した経済学部では、活発な講義風景が印象的でした。先生の研究室では、GI(地理的表示)に関する著書をご紹介いただき、貴重な学びの場となりました。大学隣接のCOOP店舗も訪問。地元産の野菜や畜産物が豊富に並ぶ様子は、イタリアの「食の豊かさ」を実感させられる光景でした。「これが日本でも実現できたら」と、豊かな食文化への思いを新たにしました。その後、パルマ大学の調査へ移動。道中では農業政策や大学制度の違いなどについて、マレスコティッ先生と意見交換を行いました。パルマ到着後は、マリオ先生と合流し、イタリア式のアペリティーボで夕方のひとときを楽しんだ後、地元のリストランテでディナーへ。パルマ大学のフィリッポ先生も同席され、テリトーリオの実現に向けた貴重なご意見を頂きました。ご自身の農業の経験に裏打ちされた深い知見に、大きな感銘を受けました。

イタリア有数の美食の都・パルマにて、「食の博物館」調査を行いました。パルミジャーノ・レッジャーノやプロシュートなど、日本でも馴染み深い食材の本場で、食文化の深層に迫る貴重な機会となりました。パルミジャーノ・レッジャーノ博物館では、地域の土着菌や製法の違い、打音検査といった厳格な品質管理を学び、地元の風土と深く結びついた“テリトーリオ”の概念を実感しました。「単離培養すればどこでも作れるのでは?」という問いに即座に否定が返ってきた場面には、食文化への強い誇りを感じました。その後は、プロシュート、サラミ、トマト、パスタ、ワインの各博物館を巡り、圧倒的な展示情報に「満腹」状態に。リストランテでのプロシュートランチや現地で購入したチーズも含め、五感で味わう学びの連続でした。イタリア人の食への想いは「情熱」以上、「執念」にも近い強さがあり、それが地域文化と結びつき、唯一無二の食を生んでいるのです。食は単なる栄養ではなく、地域の風土・歴史・誇りを映す鏡——それが「テリトーリオ」の本質であると確信しました。

イタリア随一の米どころとして知られるロンバルディア州ロメッロにて、パヴィア大学のオリンピア先生主催のセミナーに登壇。会場は、同大学法学部マニャーニ教授のご実家でもある歴史的邸宅で、まさに“邸宅”と呼ぶにふさわしい素晴らしい場所でした。セミナーには多くのイタリア人研究者や関係者が参加し、日本とイタリアにおける稲作や地域ブランド(GI)に関する発表が行われました。日本からは木村副PLがGI産品、陣内先生が日本のお茶とテリトーリオについて発表されました。澤井PLから「いわて畜産テリトーリオ」プロジェクトの背景とCOI-NEXT制度についてを紹介、地域と畜産の関係を共有しました。続いて杉田研究開発課題リーダーが、岩手町と八幡平市の酪農を通じた生産者と消費者のつながりを発表し、プロジェクトで作成するテリトーリオ地図の構想で締めくくられました。午後には、ロメッロの大規模稲作農家を2軒訪問。貴族出身の経営者による広大な農場では、全ての作業がGPS搭載の大型機械で行われており、そのスケールと合理性に圧倒されました。一方で、経営者の方々が地域の稲作文化への深い理解と情熱を語られる姿に、テリトーリオとは単に小規模生産ではなく、地域に根差した思いと役割にこそ本質があることを改めて認識しました。

調査最終日は、ロンバルディア州ロメッロ近郊にあるイタリア国立米研究所(National Institute of Rice)を訪問しました。稲の育種研究者とアウトリーチ専門職員のお二人に案内いただき、貴重な機会となりました。イタリアは欧州で最も米の生産と消費が盛んな国であり、特にリゾット文化がその背景にあります。作稲は国家的に重要な農業分野で、EUの作稲政策をリードするナショナルボードもここに設置されているとのことでした。今年で創立80周年を迎える研究所は、まさにイタリア稲作研究の中心拠点。まずカンファレンスルームでイタリアにおける稲作研究の概要を伺い、その後、在来品種を含む稲の種子バンクを見学。通常は立ち入り禁止の場所に入れていただき、貴重な体験となりました。内部では、各地の在来品種の種子が丁寧に保管されており、イタリアの稲作の歴史を実感しました。育種研究者の方からは、耐風倒性・耐病性・暑熱耐性などの形質が育種の主なターゲットであり、収穫時に穂が垂れない品種が求められること、またゲノム編集技術やSNP解析などの先端研究にも取り組まれていることを伺いました。さらに、リノベーションされた旧農家建築を活用した教育施設も見学。精米の実演やキッチンラボを通じて、子どもから大人まで楽しみながら学べる工夫がされており、アウトリーチ活動にも力が注がれている様子が印象的でした。トスカーナ、パルマ、ロンバルディアと各地を巡る中で、人と地域、生産と文化のつながりを見つめてきましたが、最後に研究と技術の側面からテリトーリオを支える姿を目の当たりにし、大きな学びとなりました。

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